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シルバーウィーク
シルバーウィークは、日本で秋の祝祭日が多い大型連休の俗称である。

1950年代から1960年代にかけてゴールデンウィークを定着させた日本の映画界
11月下旬の勤労感謝の日の前後をシルバーウィークと称して興行を打っていた。
しかしほとんど浸透しなかった

2009年から新たにシルバーウィークと称される大型連休は、
日付の並びなどで2009年9月に初実施が予定されている9月の大型連休と、
現行の祝日の日付を移すことで11月初旬に構想されている大型連休とがある。
GWに対しSWと略す。語源としては金に対しての銀のほか、連休の中に
敬老の日が含まれるためにシルバーシート(優先席)から取られたともいわれる。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



ゴールデンウィークもシルバーウィークも、始まりは割と古かったんですね。
GWやバレンタインのように商業が絡んだイベントが、今後も現れてくるんでしょうか。

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レミング
レミングは、哺乳綱ネズミ目キヌゲネズミ科ハタネズミ亜科レミング族の動物の総称
和名はタビネズミ(旅鼠)。北極及び北極近辺のツンドラ生物群系に生息する。
「集団自殺する動物」として知られているが、それは事実ではない(後述)。

レミングは、体長7~15cm、体重30~112グラムほどの大きさで、長くてやわらかい毛と
非常に短い尾を持つ。草食で、草やコケ、小枝などを食べる。他のネズミ目の動物と同様、
門歯が永久に伸びつづける。食欲は旺盛で、毎日体重の約1.5倍ほどの餌を食べる。
厳しい冬を通して冬眠はせず、雪に穴を掘って巣を作り、雪の下にある餌やあらかじめ
貯えておいた草を食べて過ごす。オス・メスともに縄張りを持ち、繁殖のための短い期間を
除けば単独で行動する。

レミングは、3~4年周期で個体数が急激に増減することが知られている。
大増殖の原因については良くわかっていないが、その後の激減については、
餌の不足や天敵による捕食が原因であると考えられている。
個体数が大増加すると、集団移住を始めると考えられている。
集団移住についても、どういうきっかけで始めるか等、不明な点が多い

レミングは、かなり長い間「集団自殺をする」と考えられていた
スカンジナビアでは「集団で海に飛び込む」という伝説が古くから知られ、
また16世紀頃までは「雲の中から自然発生する」とも考えられており、
1555年のスウェーデンの文献に、「雲から生まれる」ことを示唆する木版画が
描かれている。「集団自殺をする」とする説は近年まで信じられており、
現在でも誤解している人々は多い。実際には、集団移住を行っている際に
一部の個体が海に落ちて溺れ死ぬことはあるが、これは自殺ではなく事故であり、
すべての個体が海で溺れ死ぬことはない。また、レミングは泳ぎがうまく、
集団移住の際に川を渡ることは良くある。

この様な誤解が生まれた原因としては、以下のことが考えられている。

周期的に大増殖と激減を繰り返しており、集団移住の後、激減することから誤解された
集団で川を渡ったり、崖から海に落ちる個体があることから誤解された
生物は種の保存のために行動するという俗説、
 1960年代に提唱された個体数調節理論とレミングの逸話の合致


この誤解が広まった一因として、1958年のウォルト・ディズニーによるドキュメンタリー
『White Wilderness』(日本語題:『白い荒野』)が上げられる。このドキュメンタリーでは、
レミングが崖から落ちるシーンや、溺れ死んだ大量のレミングのシーンがあるが、
カナダ放送協会のプロデューサー、Brian Valleeの1983年の調査によって捏造である
ことが明らかになった。この他、1991年のゲーム『レミングス』のヒットも一因である、
と言われている。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



この前のゲームセンターCX24時間テレビで、レミングスをやってました。
24時間で何匹レミング達を死なせてしまったんでしょうか。気になります。

日本愛酢党
日本愛酢党(1992年 - )は、かつて存在した日本の政治団体。略称:あいす

有限会社つかれ酢本舗代表取締役社長の長田正松が、1980年6月の
第12回参議院議員通常選挙全国区(衆参同日選挙)に「日本愛酢会」推薦、
無所属で立候補
したが、得票35463、103人中71位で落選し、供託金も没収された。

1982年、薬事法違反で長田の有罪判決確定。
1986年、公職選挙法違反(宣伝目的の虚偽立候補)での有罪判決確定に伴い、
長田の公民権が停止される。 公民権停止処分解除直後の、1992年7月の
第16回参議院議員通常選挙比例代表区に立候補するに当って、
長田は「日本愛酢会」を母体に政治団体「日本愛酢党」(略称:「あいす」)を結党
確認団体要件を充足し、比例代表区に党首の長田以下、つかれ酢本舗社員・
つかれ酢普及会(販売店)・同社商品愛用者ら全10名を擁立したものの、全員落選した。

政策等は特になく、酢が体に良いことを宣伝する目的で立候補した。
「日本国憲法を守って平和を実現」「健康で楽しい日本を創る」
「薬害の防止と医療行政の改革」等、取って付けたような公約を織り交ぜながらも、
専ら長田代表が考える酢の効用と、酢によって不老長寿・無病息災を実現することを
主張した。長田代表は「(自分は酢の研究で)ノーベル賞を貰えると言われたので
スウェーデンに行って調べている」
と、理解に苦しむ自己紹介もしていた。

長田代表は選挙後の1993年に出版した著書の「あとがき」の中で、
「金儲けでないと思って、安くして広めています。幸い広告不要で、鼠算的に
広まりつつありますが、広告しなければ限度があります。それで広告の方法
として参議院選挙を利用することにしました。勿論当選したら国会から大いに酢、
クエン酸を宣伝しますが、当選しなくても広告になりました。」
と述べ、
参議院選挙を宣伝のために使った、当選したら国会で酢の宣伝をする、と公言した。

政見放送や選挙公報・無料広告の利用を狙って、政治とは無関係の個別の関心事の
宣伝や売名のために立候補する日本愛酢党のような政治団体の存在が問題視され、
供託金の増額や無料広告の制限(確認団体であっても得票率1%未満の場合は
実費負担)等、少数派に不利な制度改定が行われる契機の一つとなった。

選挙後、登記上「日本愛酢党」は解党したものの、「日本愛酢会」自体は存続し、
酢の普及・宣伝活動などを行っている。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



こういう人たちは、好きじゃないけど嫌いじゃないです。

日本語ロック論争
日本語ロック論争(にほんごろっくろんそう)は1970年代初めに起きた
日本語とロック音楽の関係性についての論争。別名・はっぴいえんど論争

『新宿プレイマップ』1970年10月号、『ニュー・ミュージック・マガジン』1971年5月号の
座談会「日本のロック情況はどこまで来たか」が発端

この日本語ロック論争は、60年代末頃からニューロックという言葉が流行しており、
つまりニューロック=新しいロック、これからのロックは、日本語で歌うべきか、
英語で歌うべきかが議論
された。ニューロック誕生当初、日本語はロックのメロディーに
乗らないというのが定説であり、日本のニューロックは英語で歌うミュージシャン
(主に内田裕也、フラワー・トラベリン・バンド、ザ・モップスなど)が主流で、
英語で歌い海外で成功すというのが彼らの共通の目標であった。
そこにはっぴいえんどや、ボブ・ディランに影響を受けフォークからロックに転身した
岡林信康ら、日本語でロックを歌うアーティストの登場により起こった議論である。

ただし議論とは名ばかりで、実際には英語で歌っていたミュージシャンが一方的に
日本語で歌っているミュージシャンに難癖をつけた
、という方がより実情に近い。
論争のきっかけは『ニュー・ミュージック・マガジン』で発表された日本のロック賞の
上位にランクされたのが、主に日本語で歌っているアーティスト、特にURCレコード
(主にフォーク系のアーティストの作品をリリースしていたレーベル)のアーティストが
上位を占め、英語で歌っているアーティストが選ばれなかった事に始まったといえる。

この対談で内田裕也は「(はっぴいえんどの)「春よ来い」にしたって、よほど注意して
聞かないと言ってることがわからない。歌詞とメロディとリズムのバランス悪く、
日本語とロックの結びつきに成功したとは思わない」と音楽的な指摘をしている一方で
「去年の『ニューミュージック・マガジン』の日本のロックの1位が岡林信康で、
今年ははっぴいえんど、そんなにURCのレコードがいいのか?僕達だって
一生懸命やってるんだと言いたくなる」
と本音を吐いている。また対する松本隆は、
ロックに日本語の歌詞を乗せる事に未だ成功していない事をあっさりと認めたうえ、
「フラワー・トラベリン・バンドやザ・モップスについてどう思うのか?」との内田からの
挑発に近い問いに「僕達は人のバンドが英語で歌おうと日本語で歌おうとかまわない
と思うし、音楽についても趣味の問題だ」
と全く意に介さずと言った発言をしており、
両者間には明確な温度差があった。また内田以外の参加者ははっぴいえんどを絶賛し、
興奮する内田をなだめる事に終始しており事実上、議論は成立していない様に見える。

前述の通りこの論争は英語で歌っている側からの一方的なものだったこともあり、
はっぴいえんどがアルバム「風街ろまん」で、ロックのメロディーに日本語の歌詞を
乗せるという事に一応の成功を納めると、あっさり収束に向った。
さらにキャロル(1972)やサザンオールスターズ(1978)が登場し商業的な成功を
収めると、それまでの論争は影を潜めはじめ、ロックが様々なジャンルに多様化
してしまった70年代中期以降では日本語ロック論争は無意味とされてきた。

はっぴいえんどが一般的にはアングラな存在のままで解散した一方、この論争の
火付け役であった内田裕也自身や、「日本語でロックを歌うのはバカ」と言い放っていた
鈴木ヒロミツがボーカルをつとめるザ・モップスらが日本語のヒット曲を生み出すという
一種の転向ともいえる事態
が起り、何とも皮肉な形でこの論争に決着がつく事となった。

この論争の中で「日本のこれからのロックは日本語で歌うべき」とする人々が、
はっぴいえんどを日本語によるニューロックの創始として支持し、これが後の再評価の
なかで「すべての日本語のロックの創始ははっぴいえんど」という見解が広まった。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



70年代の音楽は結構好きです。こういう論争をリアルタイムで見てみたかったですね。

悪魔の証明
悪魔の証明(あくまのしょうめい)とは、多義的な言葉であるが、
概ね以下のような意味に使われる。

1.所有権帰属の証明の困難性を比喩的に表現した言葉
2.事実の有無に争いがある場合、多くの場合、「積極的事実」
  (ある事実が存在すること)を主張する者に証明をさせるべきであり、
  「消極的事実」(ある事実が存在しないこと)を主張する者に証明を
  させるのは妥当でない場合が多いということを比喩的に表現した言葉

この表現は、ラテン語のprobatio diabolicaに由来しており、
古くは中世ヨーロッパにおいて、土地の所有権の帰属を証明する際に、
当該所有権の由来を遡って逐一立証することは不可能であることを指して用いられた。
日本の民法学においても物権法の分野ではそのような意味で現在でも使われている。
しかし、それが転用され、民事訴訟法学者の兼子一らによって上記のような消極的事実
の証明の困難性を指して比喩的に用いられる例として使われるに至り、現在ではより広く、
証明が極めて困難であること又は不可能であることの比喩として用いられている。

 

事実の有無の証明が問題になる場合、ある事実がある(積極的事実)と主張する側が
当該事実の存在を証明する必要があると解することが妥当であると理解されている。
なぜなら、「あることの証明」は、特定の「あること」を一例でも提示すればすむが、
「ないことの証明」は、厳密には全称命題の証明であり、全ての存在・可能性について
「ないこと」を示さねばならないためである。すなわち、「ないことの証明」は
「あることの証明」に比べ、一般に困難である場合が多い
(検証と反証の非対称性)。
この「ないことの証明」(消極的事実の証明)について、その立証の困難さから
悪魔の証明」という表現が比喩的に用いられている。

 例:アイルランドに蚊はいない。
 これを「いない」と証明する場合は、アイルランド全土をくまなく調査しなければならない
 しかしそのような調査は実行不可能であり、困難である。一方、一匹でも蚊をつかまえた
 ことを証拠に裏付けられれば、「いること」の証明は可能である


悪魔の証明という言葉は、消極的事実の証明の困難性を衝いて
積極的事実を主張する者に対する批判として用いられている。

 例:月の裏側には、ウサギが存在する。
    なぜなら月の裏側にウサギはいないという証拠がないからだ。


しかし、このような理由付けは、「月の裏側には、ウサギが存在する。」
という積極的事実を前提としなければ成り立たない。なぜなら、
「月の裏側には、ウサギはいない。」という証拠がないことによって、
「月の裏側には、ウサギが存在する。」ことが証明されたことにはならないからである。

もし、このような論法により、あるものの存在が認められるとすると、ほぼどんなものでも
存在すると言えてしまう


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



これを上手く使ったバカリズムのネタが面白かったです。

 

パークゴルフ
パークゴルフとは、専用のクラブとボールを用いて行なう、ゴルフ風のスポーツである。

1983年、「公園で幅広い年代の人ができるスポーツ」として北海道幕別町で考案される。
現在日本全国に、910個のコースがある(2004年3月現在、国際パークゴルフ協会算出)。
ルールは、ほぼゴルフと同じ。使われる道具は、専用のクラブ一本とボールとティー。
ボールはゴルフボールよりも大きく、ゴムやシリコンのティーは地面には刺さずに置いて
セッティングできる形をしている。

コースは、ゴルフよりも短く、パー数は18ホール66打である。
国際パークゴルフ協会の範囲内では1ホールの距離は100mまで
(9ホールで500m以内)としており、パー3?5に設定されている。
ホール(カップ)の大きさは直径20cm?21.6cm。中央にピン(旗)が固定されている。
コース料金もゴルフと比べ安いうえ(500円程度がほとんど、高くても1500円くらい。
無料のコースもある)、予約などもいらないため手軽にプレイできるのが特徴である。

コースの呼び方も個性的で、『つつじ/サーモン』『楓/白樺』『花/夢/里/恵庭岳』
『リバー/ウッド』など。 ほとんどが9ホールでスタート地点(受け付けのハウスなど)に
戻ってくる設計になっているので、空いているコースを選んで廻ることもできる。

プレイに要する時間は18ホールでおよそ一時間半、36ホールで3時間ほど。
北海道の有料36ホールコースの場合『18ホール/36ホール/半日/一日廻り放題』
という料金設定が多く、開場時間(8時~9時が主)からラウンドを始め、昼食をはさんで
一日楽しむスタイルが多い。この場合36ホール×3で108ホール程度廻ることも可能。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



10月4日、藍住にパークゴルフ場がオープンするそうです。
一度やってみたいですね。

飛蚊症
飛蚊症(ひぶんしょう)は、目の疾患のひとつ、あるいは症状のひとつ
眼科分野では遭遇する頻度の高い症状である。

目の内部を満たす硝子体が混濁することによっておこる。混濁の原因には、
生理的飛蚊症(病的ではないもので生来のもののことが多い)
後部硝子体剥離(病的ではないもので加齢によるものである)
その他(網膜裂孔、網膜剥離、硝子体出血、ぶどう膜炎などの病的なもの)
などがある。強度近視の眼は飛蚊症になりやすいと言われている。
なお、生理的飛蚊症に関して比較的珍しいものとされる。

視界に糸くずや黒い影、蚊のようなものが見え、視点を変えるにつれ、
それが動き回るように感じる。明るい場所で白いものや空を見た場合によく見える。
多くの場合加齢により自然発生する。飛蚊症自体は目の機能に問題はないが、
網膜剥離の初期症状や糖尿病網膜症の症状としてあらわれる事もあるので、
眼科の受診が必要。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



小さい頃からこれ(←飛蚊症のイメージ映像)をよく見るので、
おそらく自分は生理的飛蚊症だと思います。
みんな見てるものかと思ってたんですが、珍しいんですねこれ。

幻想振動症候群
幻想振動症候群(げんそうしんどうしょうこうぐん)は、
ファントム・ヴァイブレイション・シンドローム(phantom vibration syndrome)とも呼ばれ、
実際には携帯電話が振動していないのに、振動したように錯覚する現象

実際には振動していない携帯電話が、電話の受信やメールの着信によって、
振動したかのように錯覚すること。現代人に現れる感覚。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



裏でも書きましたが、日本語だとこういう名称だそうです。
前にこの現象がよく起こってましたが、この現象に名前があるとは思いませんでした。


少年アシベ
少年アシベ』(しょうねんアシベ)は森下裕美による日本の漫画作品、
および、それを原作としたテレビアニメ作品。

1988年から1994年まで『週刊ヤングジャンプ』(集英社)に連載され、
全8巻にわたり集英社より単行本として発売された。
1991年にはテレビアニメ『少年アシベ』、1992年には『少年アシベ2』が放送された。
2000年から2004年にかけて、続編に当たる『COMAGOMA』(コマゴマ)が連載された。

~あらすじ~
ゴマフアザラシの赤ちゃんであるゴマちゃんと、小学1年生の芦屋アシベ達の交流を
描いたギャグ漫画。それまでの4コマ漫画とは異なりストーリー展開が豊富で、異なる
キャラクターのドラマが同時に進行していく、4コマ漫画の新たな活用が見られる作品。
芦屋家は元々一軒家住まいであり、アシベはその近所に住んでいた同じ小学1年生の
阿南スガオととても仲が良かった。しかしある時、大工職人であるアシベの父ちゃんが
建てている最中だった工事中の家が、火の不始末で火事になってしまった事で、
急遽、それまで住んでいた一軒家を売却して弁償し、芦屋家は一軒家から離れた街の
アパートに転居することとなる。ここからが『少年アシベ』の物語の始まりである。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



最近、「少年アシベ~ゴマちゃんの巻~」のビデオを借りました。
サカタの兄ちゃんの気持ちがよく分かります。


ベガス味岡
ベガス味岡通販マン。東京都出身。所属は株式会社ムーンファクトリー。

独特な喋り口調のおネエキャラで、ラスベガスのようなエンターテイメント要素
ふんだんに取り入れた演出のトークが特徴の通販マン。

フジテレビ「出たMONO勝負!」で、5分間で1億円の売上を出し注目される。
2001年より通販マンに転身。数々のテレビ通販番組に出演し、QVCジャパンにおいて
輸入化粧品や特殊機能歯ブラシを扱う。プロの販売員、バイヤーとして通販番組の
ショッピング・アドバイザーや、MCの他、タレント活動や講演会など幅広く活躍中。
現在は、企業の商品アドバイザー、販売コンサルタントに力を注ぐ。

ちなみに、喋り口調はおネエ口調だが、普通の男性である。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



通販マンは商品だけでなく、名前にもインパクトを持たせようとしてるのでしょうか。
一時期、マーフィー岡田が好きでした。


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